4 翌日の夕方。 遥さんがまた家にやってきた。 幸い今日はお父さんもお母さんも仕事で家に帰って来られないらしい。 これは憑依をする絶好のチャンスである。 そう思った私は早速『遥さん憑依計画』を実行に移した。 まず、遥さんに憑依するには遥さんを寝かせるか、 気絶させるか、殺すしかない。 本当は殺してしまいたいほど憎たらしい女なのだが、 今殺してしまうと後々面倒なことになるので、今日はしぶしぶ眠らせることにした。 そこで昨日、ドラッグストアで買った『ドリームL』の登場である。 私はまた二人分の紅茶を入れると、 その片方にだけ『ドリームL』を全て入れ、 良く溶けるように入念にかき混ぜた。 そしてそれをお兄ちゃんの部屋へ持って行く。 『ドリームL』入り紅茶を遥さんに飲んでもらう為だ。 お兄ちゃんの部屋の前に到着すると、 コンコンとドアをノックしてから「お茶が入ったよー」と声をかけると、 お兄ちゃんがドアを開けて顔を出した。 「おう、亜紀か。悪いな」 お兄ちゃんはそう言って、 私が持っている紅茶とお茶請けである苺のショートケーキが乗った お盆を受け取ろうとする。 そこで私はハッとする。 マズイ。 このままお盆を渡してしまったら、 『ドリームL』入り紅茶をお兄ちゃんが飲んでしまうかもしれない……。 もし、そうなったらこの計画は失敗する……。 直接、遥さんに手渡さなければ! そう思った私は機転を利かせて一芝居うった。 「ううん! お客様が来たらお茶を出すのが常識でしょ!? それよりお兄ちゃんは遥さんのお相手をしないと……。 彼女を一人にしたらかわいそうよ?」 「ああ、そうか……」 「ありがとう、亜紀ちゃん。良くできた妹さんね」 私は少し照れ笑いを浮かべながら『ドリームL』入り紅茶を遥さんに手渡した。 よし。我ながら惚れ惚れするような演技力だ。 遥さんは私のことを本気で『良い妹』だと思い込んでいる。 バカめ! その紅茶を飲んだが最後、貴様の身体は私の物になるのよ! 私はそんなことを思いながら喉の奥でククッと笑っていると、 遥さんは急に「あっ!」という素っ頓狂な声をあげた。 私が入れた『ドリームL』入り紅茶を一口も付けずにこぼしてしまったのである。 「ご、ごめんなさい! 私ったら本当におっちょこちょいで……」 「広瀬さん、大丈夫!? ほら、亜紀。早く拭く物を持って来い」 私は泣きながら台布巾を持って来て、床にこぼれた紅茶を拭き、 そのままドラッグストアへと走った。 『ドリームL』は結構高いのよ!? 私のお小遣いにだって限りがあるんだからね!? 私はそう思いながら、次こぼしたらスタンガンを買ってこようと決意した。 5 さっきは失敗したが、今回は『ドリームL』入り紅茶を遥さんに飲ませることができた。 薬の効果は15分から30分で出るらしい。 それまでにお兄ちゃんと遥さんを引き離さなければ、 私が遥さんに憑依することができない。 そこでまた私はお兄ちゃんの部屋へ行き、ドアをノックした。 「ん? どうした?」 「あのね、お兄ちゃんにお願いがあって……」 「今はお客さんが来てるんだ。後にしろ」 「お客さんが来てるからこそのお願いなんだよ」 「ああ? どういうことだ?」 「お兄ちゃん、ちょっと耳を貸して」 私がそう言うとお兄ちゃんは訝しげな表情をしてから、 耳を貸してくれた。 そして私は小さな声でこう言った。 「あのね、今日は遥さんの為にご馳走を作ってるの」 「なんでまたそんなことを……」 お兄ちゃんも小さい声でそう聞き返した。 「だって今日はお父さんもお母さんもお仕事で家に帰って来ないのよ? お兄ちゃんと私だけの夕食っていうのも寂しいじゃない? だから遥さんも一緒に、と思ってね」 「でも、そういうのは広瀬さんの了解を取ってから決めた方がいいんじゃないか? 広瀬さんにも予定があるかもしれないし……」 「はぁ、お兄ちゃんったら全然、女心がわかってないんだから……。 そんなの絶対OKしてくれるに決まってるじゃない。 なにしろ大好きな人からのお願いなんだから、 他の予定をキャンセルしてでも優先してくれるよ」 「そ、そうかな?」 「そうよ。私のお兄ちゃんなんだから、もっと自分に自信を持ってよ」 「お、おう……」 「でね、お兄ちゃんにお願いっていうのは、 今から足りない材料を買いに行ってきて欲しいの。 私は今、天ぷらを揚げているから手が離せなくて……。 だから、ね? お願い」 「うーん、それじゃあ仕方が無いな。わかった。行ってくる」 お兄ちゃんはそう言って、私から買い物メモを受け取ると、 大急ぎで買い物へ出かけて行った。 大好きなお兄ちゃんに嘘をつくのはちょっと心苦しいけど、 これも全ては私とお兄ちゃんが結ばれる為……。 大の為には小を犠牲にしなくてはならない。 人生はいつだってシビアだ。 私はそんな風に自己弁護しながら、 遥さんが待つ二階のお兄ちゃんの部屋へ向かう。 いよいよ憑依の時だ。 私がお兄ちゃんの部屋を覗き込むと、 遥さんはお兄ちゃんのベッドの上でウトウトしていた。 あの『ドリームL』入り紅茶を飲んでから約20分が経過した。 どんなに頑張って睡魔に抵抗しても、あと5分ももたないだろう。 私はそうたかをくくっていたのだが、 5分経ってもまだウトウトしているだけで、なかなか眠りについてくれない。 お兄ちゃんに渡した買い物メモには 自宅から歩いて30分以上かかる場所にある鶯本町(うぐいすほんまち)駅前の 『鶯デパート』でしか買えない物を書いておいたので、 お兄ちゃんが帰ってくるのは往復で1時間程度かかると思うのだが、 お兄ちゃんは元陸上部で足が速い。 急げば30分程度で帰ってきてしまうかもしれない。 もし、私が遥さんに憑依している姿をお兄ちゃんに見られたら、この計画は失敗する。 だから私は焦った。 遥さんがウトウトしてはハッとして、 両手で頬を叩きながら目を覚まそうとする姿を見てイライラした。 遥さんがこんなにしぶとい人だったとは……。 あのおっとりとした顔からは到底想像できないほどのしぶとさだ。 私がそんなことを思っていると時計の針はまた5分経過していた。 そろそろなんとかしないとお兄ちゃんが帰ってきてしまう時間だ。 なんとかと言っても具体的に何をしたらよいのか……。 『ドリームL』以外に遥さんを眠らせる何かを使わないと……。 でも、『ドリームL』以外に人間を眠らせる物って、他にもあるの!? えーと、えーっと……。 私がそんなことを考えていると階下からドアの開閉音と 「ただいまー」というお兄ちゃんの声が聞こえてきた。 お兄ちゃんがもう帰ってきたのだ! 早い! 早すぎるよお兄ちゃん! 早いのは『早飯』と『早トイレ』だけで十分だよぉ! ええい、仕方が無い! この手だけは使いたくなかったけど、背に腹は代えられない! 私はそう覚悟してから部屋に飛び込み、 「遥さん、あぶなーい!!」と叫びながら遥さんの頭におもいっきり頭突きをした。 すると遥さんは「あぅ!」という小さな悲鳴をあげ、 その場に倒れた。 そして私は強かに打った額を擦りながら痛みに耐え、 遥さんの額にキスをする。 こうすることによって私は遥さんに憑依することができるのだ。 |
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文章:ATF (2005年12月21日) |