1 私の名前は橘亜紀(たちばなあき)。 私には不思議な能力がある。 他人の身体に憑依して、操ることが出来る能力だ。 どうしてこんな能力が身に付いたのかはよくわからないが、 物心がついた頃には他人に憑依して遊んでいた記憶がある。 憑依する相手は眠っている人か、気絶している人か、死んでいる人だけ。 意識のある人間に憑依することは出来ない。 そして憑依している間、私の身体は抜け殻になって、 まるで死体みたいな顔色になるから、 人目のつかない場所へ隠さなければならない。 もし、誰かに見つかったりしたら、 救急車を呼ばれたりして大変なことになるからだ。 私も自分にこんな能力があるということに気付いた時は驚いたし、 他人には出来ないことなのだとわかった時は、 自分だけ変な人間なんだと思って、ショックを受けたりもした。 お母さんに相談した時は 「そんな漫画みたいなこと、あるワケないでしょ」と言われて、 取り合ってもらえなかった。 とても寂しくて心細かった。 そんな時に私の話に耳を傾けてくれたのが、橘春樹(たちばなはるき)。 私のお兄ちゃんである。 お兄ちゃんは私よりも二つ年上で、 とってもカッコよくて、やさしくて、スポーツも出来て、 有名な国立大学に通っちゃうほど頭も良い。 パーフェクトお兄ちゃん。 私の秘密を知っている唯一の人。 そのお兄ちゃんが私の相談を聞いてくれて、 こんな変な能力を持っている女の子でも普通に接してくれて、 「亜紀にどんな能力があっても、亜紀はオレのたった一人の妹だよ」 と言ってくれたから、今でも私は生きている。 もしあの時、お兄ちゃんも私の話を聞いてくれなかったら、 私は今頃自殺していたかもしれない……。 そんなワケでお兄ちゃんは私の命の恩人であり、 私のもっとも信頼出来る男の人。 ハッキリ言って、私はお兄ちゃんのことが大好き。 好き好き大好きSSDである。 結婚出来るものなら結婚したい。 そして、毎日のようにベタベタしたり、 甘えてみたり、時にはワガママも言ってみたいし、 その……キスとか、それ以上のことも……。 でも、私は妹。 お兄ちゃんとは兄妹なのだ。 この国では三親等内での結婚は認められていない。 まさにファッキンジャップである。 この法律を知った時ほど憤慨したことはない。 いや、あの時も相当怒ったっけ……。 それはお兄ちゃんが彼女を家に連れてきた日のことだった。 2 「ただいまー」 お兄ちゃんよりも先に学校から帰って来ていた私は、 着替えを済ませ、リビングでのんびりテレビを観ていた時にその声を聞いた。 私は一刻も早くお兄ちゃんに会いたくて、 「おかえりなさーい♪」と陽気な声を上げながら、 小走りして玄関へ出迎えてみると、 そこにはお兄ちゃんと綺麗な女の人がいた。 「おう、ただいま。コイツはオレの妹の亜紀。 二つ年下で、今は県内の高校に通っている」 そうお兄ちゃんが私の顔を一瞥して帰宅の挨拶をすると、 すぐにその女の人の方を振り向いて、私の紹介をする。 すると彼女は少し微笑みながら私に向かってこう言った。 「こんにちは。私の名前は広瀬遥(ひろせはるか)。 お兄さんと付き合わせてもらっています。 これからもよろしくお願いしますね」 私は耳を疑った。 この人は「お兄さんと付き合わせてもらっています」と言ったの? 付き合わせてもらっている……え!? つまりお兄ちゃんの彼女って言うこと!? うそ? なんでお兄ちゃんに彼女がいるの!? お兄ちゃんには私がいるのに!? 私は少し混乱しながら広瀬遥と名乗る女性を見た。 身長は一六八センチぐらい。 細身ではあるが出るところは出ている。 髪は黒髪ロング。 眼鏡をかけていて少しおっとりしている。 やさしそうなお姉さんという感じだろうか? これなの? お兄ちゃんはこういう人が好みなの? 私とは正反対な人じゃない!? などと思っていると、お兄ちゃんは困った顔をしてこう言った。 「ほら、広瀬さんが挨拶してるんだから亜紀も挨拶しろよ。 ゴメンな。挨拶も出来ない妹で……」 「ううん。いきなり押しかけてきちゃった私が悪いんだし。 ゴメンなさいね。驚いちゃったでしょ?」 「あっ、いいえ。こちらこそゴメンなさい。 兄が女の人を連れてきたのは初めてだったもので……」 「まぁ、春樹さんが今まで女性と付き合ったことが 無いというのは本当だったんですね」 「こら、亜紀。余計なこと言うなよな」 そう言ってお兄ちゃんと遥さんは笑った。 まるで仲の良いカップルのように……って、まるでじゃない! まさに仲の良いカップルなのだ! 私はだんだんイライラしてきた。 「こんな所で立ち話もなんだから、とりあえずオレの部屋へ行こう」 「はい。それでは、お邪魔しますね」 そう言ってお兄ちゃんは遥さんを家に招き入れ、 二階にあるお兄ちゃんの部屋へ行った。 付き合い始めたばかりの男女が自室で二人きり? このままではマズイ! 私は直感的にそう思った。 付き合い始めたばかりの若い男女が二人きりですることは一つしかない。 私は急いで二人分の紅茶を入れ、 キッチンの戸棚にあったカステラを持って、 お兄ちゃんの部屋へ様子を見に行った。 まぁ、『様子を見に行く』などと言うのは当然建前で、 邪魔をする気が満々なのだが……。 するとドアの向こうから二人の声が聞こえてきた。 「あんっ、春樹さんの……すごく大きい……」 「そうかな? これぐらいが普通だと思うけど」 「こんなに大きいの……たぶん、入らないよ……」 「大丈夫。オレに任せて……」 お、遅かったかっ!? この会話の流れから言って、中の様子はだいたい想像出来る。 お兄ちゃんの初めては、私がもらう予定だったのに! 私はハンカチが破れるくらい強く噛み締めて悔しがっていると、 二人の会話はおかしくなってゆく。 「うお、コイツ結構手強いな……」 「春樹さん、頑張って!」 ん? 手強いって、どういうこと? 私は気になって、こっそり部屋の中を覗くと、 二人はテレビゲームをしていた。 どうやら二人で共闘するタイプのゲームで、 自機が持っているボールを出来るだけ巨大にして、 敵が守るゲートに入れるゲームらしい。 私はおもいっきりコケてしまった。 大学生にもなって、二人でゲームするなよ……。 結局、その日は何も起きず、遥さんは帰って行った。 3 あの時のことを思い出すと今でもムカムカする。 なにしろお兄ちゃんに彼女がいたなんて初耳だったのだ。 まさに寝耳に水。 まるでお兄ちゃんに裏切られたような気分になって、 あの日は泣きながら眠った。 でも、私はあることに気付いて、すぐに立ち直った。 それはもちろん、あの不思議な能力のことだ。 あの他人に憑依できる能力を使えば、 どんな人間でも私の意のままに動かせる。 それが例え遥さんであっても、だ。 もし、私が遥さんだったら、私はお兄ちゃんの彼女になれる。 お兄ちゃんの彼女になったら、毎日のようにベタベタしたり、 甘えたり、時にはワガママも言えたりするし、キスだってし放題。 それに、それ以上のことだって……。 いい。 このアイディアは凄く良い。 遥さんに憑依すれば、血縁関係というどうすることもできない問題も解決してしまう。 まさに願ったり叶ったりではないか。 何故、もっと早くこのことに気付かなかったのかと、 私は一人で昔の愚かな自分を呪った。 よし、遥さんに憑依しよう。 そう決意した私は自室の机に向かい『遥さん憑依計画書』を一気に書き上げた。 そしてその後、近所のドラッグストアへ行き、 『ドリームL』という睡眠薬を買った。 |
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文章:ATF (2005年12月21日) |