とらぶる☆とらんすふぁ 第五話


● 5 ●

さっきは失敗したが、今回は『ドリームL』入り紅茶を遥さんに飲ませることができた。薬の効果は15分から30分で出るらしい。それまでにお兄ちゃんと遥さんを引き離さなければ、私が遥さんに憑依することができない。そこでまた私はお兄ちゃんの部屋へ行き、ドアをノックした。

「ん? どうした?」

「あのね、お兄ちゃんにお願いがあって……」

「今はお客さんが来てるんだ。後にしろ」

「お客さんが来てるからこそのお願いなんだよ」

「ああ? どういうことだ?」

「お兄ちゃん、ちょっと耳を貸して」

私がそう言うとお兄ちゃんは訝しげな表情をしてから、耳を貸してくれた。そして私は小さな声でこう言った。

「あのね、今日は遥さんの為にご馳走を作ってるの」

「なんでまたそんなことを……」

お兄ちゃんも小さい声でそう聞き返した。

「だって今日はお父さんもお母さんもお仕事で家に帰って来ないのよ? お兄ちゃんと私だけの夕食っていうのも寂しいじゃない? だから遥さんも一緒に、と思ってね」

「でも、そういうのは広瀬さんの了解を取ってから決めた方がいいんじゃないか? 広瀬さんにも予定があるかもしれないし……」

「はぁ、お兄ちゃんったら全然、女心がわかってないんだから……。そんなの絶対OKしてくれるに決まってるじゃない。なにしろ大好きな人からのお願いなんだから、他の予定をキャンセルしてでも優先してくれるよ」

「そ、そうかな?」

「そうよ。私のお兄ちゃんなんだから、もっと自分に自信を持ってよ」

「お、おう……」

「でね、お兄ちゃんにお願いっていうのは、今から足りない材料を買いに行ってきて欲しいの。私は今、天ぷらを揚げているから手が離せなくて……。だから、ね? お願い」

「うーん、それじゃあ仕方が無いな。わかった。行ってくる」

お兄ちゃんはそう言って、私から買い物メモを受け取ると、大急ぎで買い物へ出かけて行った。大好きなお兄ちゃんに嘘をつくのはちょっと心苦しいけど、これも全ては私とお兄ちゃんが結ばれる為……。大の為には小を犠牲にしなくてはならない。人生はいつだってシビアだ。私はそんな風に自己弁護しながら、遥さんが待つ二階のお兄ちゃんの部屋へ向かう。いよいよ憑依の時だ。

私がお兄ちゃんの部屋を覗き込むと、遥さんはお兄ちゃんのベッドの上でウトウトしていた。あの『ドリームL』入り紅茶を飲んでから約20分が経過した。どんなに頑張って睡魔に抵抗しても、あと5分ももたないだろう。私はそうたかをくくっていたのだが、5分経ってもまだウトウトしているだけで、なかなか眠りについてくれない。お兄ちゃんに渡した買い物メモには自宅から歩いて30分以上かかる場所にある鶯本町(うぐいすほんまち)駅前の『鶯デパート』でしか買えない物を書いておいたので、お兄ちゃんが帰ってくるのは往復で1時間程度かかると思うのだが、お兄ちゃんは元陸上部で足が速い。急げば30分程度で帰ってきてしまうかもしれない。もし、私が遥さんに憑依している姿をお兄ちゃんに見られたら、この計画は失敗する。だから私は焦った。遥さんがウトウトしてはハッとして、両手で頬を叩きながら目を覚まそうとする姿を見てイライラした。遥さんがこんなにしぶとい人だったとは……。あのおっとりとした顔からは到底想像できないほどのしぶとさだ。私がそんなことを思っていると時計の針はまた5分経過していた。そろそろなんとかしないとお兄ちゃんが帰ってきてしまう時間だ。なんとかと言っても具体的に何をしたらよいのか……。『ドリームL』以外に遥さんを眠らせる何かを使わないと……。でも、『ドリームL』以外に人間を眠らせる物って、他にもあるの!?  えーと、えーっと……。私がそんなことを考えていると階下からドアの開閉音と「ただいまー」というお兄ちゃんの声が聞こえてきた。お兄ちゃんがもう帰ってきたのだ! 早い! 早すぎるよお兄ちゃん! 早いのは『早飯』と『早トイレ』だけで十分だよぉ! ええい、仕方が無い! この手だけは使いたくなかったけど、背に腹は代えられない! 私はそう覚悟してから部屋に飛び込み、「遥さん、あぶなーい!!」と叫びながら遥さんの頭におもいっきり頭突きをした。すると遥さんは「あぅ!」という小さな悲鳴をあげ、その場に倒れた。そして私は強かに打った額を擦りながら痛みに耐え、遥さんの額にキスをする。こうすることによって私は遥さんに憑依することができるのだ。

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