とらぶる☆とらんすふぁ 第八話

「ひ、広瀬さん! 大丈夫!?」

ゴホゴホ咳き込んでいる私を心配してくれたのか、お兄ちゃんが私の背中を擦ってくれて、2、3枚のティッシュを取り、メガネと顔についた精液もキレイに拭き取ってくれた。やっぱりお兄ちゃんはやさしい。そんな風にお兄ちゃんのやさしさを、精液まみれのティッシュ越しに感じていると、急にお兄ちゃんの顔が険しくなった。

「広瀬さん、なんでこんなことをしたんですか!」

「だ、だって私達は恋人同士なんですよ? 恋人同士でしたら、こういうことをするのが普通じゃないですか? それなのに、なんで……」

「普通の恋人同士だったらな。でもオレ達は、こういうことはしないという約束だったじゃないか!」

「え!?」

約束? 約束ってなんだろう? 私が遥さんに憑依しても、遥さんの記憶は引き継がないから、遥さんとお兄ちゃんが交わした約束なんてわからないよ。

「忘れたのか? オレ達が付き合い始める時に約束したじゃないか。オレには好きな人がいるから、セックスはできない、って! 君はそれでも良いから付き合いたいって言うから付き合ったのに……」

「え? ええ!? その……好きな人って!?」

話が違う! そんな話は一度も聞いたことがない! お兄ちゃんが好きな人って、遥さんじゃないの!? だったら本当は誰のことが好きなの!?

「なんだ、本当に忘れてしまったのか? 亜紀だよ。オレは妹の亜紀が好きだって、あの時言ったじゃないか! オレは何回も確認したよな? こんなシスコン男でも良いのか? って。その時、広瀬さんはそれでも良いって言ったじゃないか!」

え? え!? ええ!? 嘘!? 私!? だったら何? 私達って、両思いだったの!? 兄妹同士で両思い!? そんなのぶっちゃけ、ありえないよぉ!

「お兄ちゃん……そんな……。うそ……」

私は驚きと嬉しさを足して割る2のような表情でお兄ちゃんを見つめ、不意にそんな言葉を漏らしてしまった。

「お、お兄ちゃん?」

しまった! お兄ちゃんに気付かれた! お兄ちゃんは私が他人に憑依できることを知っている。勘の良いお兄ちゃんだったら、今の失言だけで推理できる筈だ。ど、どうしよう……。私が遥さんの身体を勝手に使って、お兄ちゃんにエッチなことをしたのだから、怒られるに決まってる。怒られるだけならまだしも、こんな卑怯なことをしたのだから、私のことを嫌いになってしまうかもしれない……。やだ。絶対にいやだ。折角お兄ちゃんが私のことを好きだと言ってくれたのに、今から嫌われてしまうなんて! そ、そうだ。謝ろう。私は悪いことをしてしまったのだから、素直に謝ろう。許してもらえないかもしれないけど、それが筋というものだ。それに今謝れば、情状酌量の余地があるかもしれない。

「ゴメンなさい……お兄ちゃん……。私は遥さんじゃないの……。私は……私は……」

亜紀です。その一言がなかなか言えなかった。その名前を言ってしまったら、本当に嫌われてしまうかもしれないから……。どっちみち、ここまで言ったらわかってしまうというのに……。私は本当に意気地のない弱虫だ。私がいつまでもモジモジしていると、お兄ちゃんは目を大きく見開いてから、真実を言い当てる。

「お、お前……ひょっとして、亜紀か?」

終わった……。後は追って沙汰を待とう……。

「うん、ゴメンなさい。こんなことしちゃって……」

くぅ……、なんで私にはこんな能力があるのだろう……。こんな能力さえなければ、『遥さん憑依計画』なんてバカなことしなかったのに……。私は今ほどこの能力があることを悔やんだことはない。

「バカ、なんでこんなこと……」

「だって、だって……。お兄ちゃんが遥さんと付き合っちゃったから……。私、ずっと、ずっとお兄ちゃんのこと好きだったのに……。お兄ちゃんを、遥さんに取られちゃって……、悲しくて、悔しくて……。だから、悪いことだっていうのはわかっていたけど、こうすることしか、思いつかなくて……」

私は思っていたことを全てお兄ちゃんに言った。ずっとお兄ちゃんのことが好きだったこと。お兄ちゃんと遥さんが付き合ってしまって悲しかったこと。遥さんに嫉妬していたこと……。私は確かに悪いことをしてしまったが、それにはちゃんと理由があるということをお兄ちゃんにだけは知って貰いたかったのだ。するとお兄ちゃんはやさしい顔に戻って、私の頭を撫でた。え? 何? 怒らないの? 私はキョトンとした表情でお兄ちゃんを見つめた。

「バカだな、亜紀は……。そんなことをしなくても、オレにはお前しかいないよ……。そうだな。広瀬さんのことをちゃんと話さなかったオレもバカだ。オレもずっと前からお前のことが好きだったけど、言い出す勇気がなくて……」

「お兄ちゃん……」

「でも、今なら言えるよ。亜紀。オレはお前のことが好きだ。愛している」

お兄ちゃんはそう言って私の身体を抱きしめた。お兄ちゃんの温もりが伝わってくる。私は嬉しくて瞳から涙が溢れた。

「お兄ちゃん!! 私も! 私も大好きだよっ」

私もお兄ちゃんに抱きついた。これで私達は正式に結ばれることになったのだ。こんなに嬉しいことはない。ただ一つ、腑に落ちない点があるとすれば、それは今、私の身体は遥さんで、本当の身体はベッドの下だということだ。

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